地域のイマ、とコレカラ…『第二十九回 ピアニスト 西本 梨江さん』
新型コロナウイルスによって戸塚の人々のイマがどのように変わったか、コレカラどうなっていくかインタビューを通じて見つめます。第29回目は戸塚区在住ピアニスト西本 梨江さんです。「絵本コンサート」を20年以上続けています。西本さんの様々な活動や子育てを通じて考えたことなども交えてお話を伺いました。
ピアニスト 西本 梨江さん
―「絵本コンサート」を始めたきっかけを教えてください。
西本 梨江(以下、略):1999年に初めて開催したのですが、最初は中学生を対象にし、「地雷」をテーマにした「地雷ではなく花をください」という絵本を使用した内容でした。作者の柳瀬 房子さん(「難民を助ける会(AAR Japan)」当時の理事長)が父の知り合いで、直接絵本をプレゼントしていただいたんです。読んでとても感動しました。世界ではこんなことが起こっているのだということ、作者が訴えていることを自分のピアノや音楽を通して届けることができたらな……と、思ったのが絵本コンサートを始めたきっかけでした。どうすればこの絵本のメッセージを音楽家としてみなさんに伝えられるのかを考えたところ、音楽(生のピアノ演奏)をつけて絵本を朗読して、プロジェクターで絵本の映像を映すという、音楽・朗読・映像の3つで伝える方法ならお子さんの心にすっと入っていくのではないかと思いこのスタイルでお届けしています。このシリーズは現在、0歳から楽しめるようなコンサートとして開催しています。
始めは、0歳のお子さんはそこまで音楽はわからないのかなと思っていたのですが、自分の子どもにピアノを演奏した時、和音の変化する箇所で喜んでいたので、「子どもにとっては耳から得るものって大きいのかもしれない」と気が付きました。そうしたきっかけもあって、0歳から大人の方まで楽しんでいただけるようなコンサートを地元で開催したいと思いました。コロナの前はさくらプラザのリハーサル室でマットを敷いて演奏者の近くでゆったりと生の音楽を0歳の子どもから大人まで楽しんでいただいていました。
私も出産を経験していますが、子どもが生まれるとそれまでの生活から一変しますよね。孤独だったりお世話が大変だったり、わからないことだらけで不安になったり……。出産前に想像していたよりもはるかに孤独を感じたり不安だったりしたことがありました。ですので、お母さんやお父さんたちがホッとできるような、そんな場としても絵本コンサートができればいいなと思っています。
―今夏の絵本コンサートでは初のアートワークショップで「花火」の工作をしたり、充実した内容でしたね。
●さくらプラザ・リハーサル室 絵本コンサートの様子
これまでの絵本コンサートは自分のピアノ演奏とヴァイオリンやマリンバ、フルートなどの演奏家を招いて音楽をメインで行っていましたが、今回初めてアートワークショップを企画しました。夏休み期間ですし、お子さんが楽しめるような工作的なアートを取り入れたらまた違った楽しみが広がるかなと思いまして……。お子さんから大人の方まで本当に楽しそうに「花火」を作っていただいて、皆さんに自分で作った「花火」を持って頭の上に上げてもらった時、前から見ていてものすごくきれいでした。そして、ドビュッシー作曲の「花火」をピアノで演奏して、こんな風に音楽とアートのコラボレーションができるんだな、と改めて気づきました。今回のコンサートのようにコラボレーションから生まれる新しい体験をできる企画を続けていけたらいいなと考えています。
●ワークショップで作った「花火」
今回ワークショップを担当したアート講師のささきりえさんは、「アップサイクル(※1)アート」などSDGs(※2)に関わる活動をしていらっしゃいます。私自身も2018年頃から「音楽で取り組むSDGs」という目標を立てており、コンサート開催にあたっても、SDGs4(※3)に当たる音楽教育的な部分を担えるようなコンサートを目指して開催しています。今回は初の実戦型SDGs絵本「ふしぎな森のものがたり」(作:あいはら ひろゆき/絵:ちゅうがんじ たかむ/出版社:サニーサイドブックス)をオリジナル音楽演奏でお届けしました。これまではコンサートを通して音楽を純粋に楽しんでいただいて、「SDGs」という言葉を出していませんでした。でも今、毎日ものすごく暑かったり急な豪雨があったり、気候が不安定になってきていてより身近に「SDGs」を考えていかなければいけないと感じています。コンサートを通じて「SDGs」を幼いうちから知ってもらい、みんなで取り組んでいくのだと感じてもらうことが大切だと思っています。
アップサイクル(※1)…本来であれば捨てられるはずの廃棄物に、デザインやアイデアといった新たな付加価値を持たせることで、別の新しい製品にアップグレードして生まれ変わらせること。
SDGs(※2)…(Sustainable Development Goals)「持続可能な開発目標」とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs) の後継として,2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された,2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。
(外務省HPより)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html
SDGs4(※3)…「質の高い教育をみんなに」“だれもが公平に、良い教育を受けられるように、また一生に渡って学習できる機会を広めよう”
―西本さんから見た戸塚区はどのような街でしょうか?
戸塚には0歳の子でも連れて行くことのできる子育て拠点がたくさんありますね。子育てをしていてどうしていいかわからない時に、そこに行って話をしたり教えてもらったり、同年代の子同士や子育て中の親御さんと交流ができてすごく安心して子育てができる街だと感じています。
さくらプラザ・ホールでは一流のアーティストの方の演奏も楽しめますし、演奏家にとっては音響の素晴らしいホールでコンサートを開催できますし、音楽が溢れた優しい街という印象です。コロナ前まではさくらプラザ・ホールでコンサートを開催させていただき、皆様にとても喜んでいただきました。今後もまたこちらでコンサートを開催できたらいいなと思っています。
―新型コロナウィルスの影響で、どのように日常、活動が変化しましたか?また、コロナ禍を踏まえて、新しく始めた活動、今後始めたい活動はありますか?
予定していたコンサートが全部キャンセルになったり、延期にしても結局中止になってしまったり……。たくさんのお客様に集まっていただいてつくるコンサートができなくなってしまったのは、やはり私にとっても大きなことでした。必然的に仕事が減って考える時間は増えたのですが、演奏家としてどうしたら良いのか、答えを見つけるのは難しい日々でした。そのような中で新しく始めた活動が映像配信でした。コロナ禍では音楽の発信の仕方が大きく変わっていきました。さくらプラザ・ホールで初めての無観客映像配信コンサート「〜Energy〜」を開催し、今までは生で聴くコンサートが当たり前でしたが、映像配信でも楽しんでいただけることに新たな可能性を感じました。戸塚から遠く離れた方とか、どうしても来られない人も映像配信によってコンサートの雰囲気を楽しんでいただけるのかな、と。
●さくらプラザ・ホール 無観客映像配信コンサート「〜Energy〜」の様子
また、医療的ケアの必要なお子さんがいろいろな取り組みを発信していく「こどもハッシン!呼吸器生活向上Project」に参加しました。コンサートに行くことも、それどころか外出自体も難しかったりするお子さんがたくさんいらっしゃることをその活動を通して知ることができました。横浜市役所の「だれでもピアノ」(※4)という特別なピアノを医療的ケア児のみなさんが特別研究員となって実際に弾いてみる、練習を積んで発表会で演奏するという発信に大きな感動をいただきました。現地へ来ることができる方もいれば、やはり来られない方もいました。そのような方は自宅のキーボードからインターネットを通じた遠隔演奏で音楽を届けることができました。今後も継続して医療的ケア児の方が発信していくプロジェクトに参加して、音楽を通して私にできるお手伝いをしていきたいです。
●こどもハッシンproject 横浜新市庁舎見学ツアーでの演奏の様子(2021年4月)
●だれでもピアノ発表会の様子(2021年8月)
「だれでもピアノ」(※4)…「だれでもピアノ」は、東京藝術大学 COI 拠点が、ショパンの「ノクターン」を弾きたいと夢見る肢体に障害のあるひとりの高校生のために、2015 年にヤマハ株式会社と共同開発した、 自動伴奏機能のついたピアノ。
―今後の人と地域との交わりのために、文化施設や文化芸術、特に戸塚区においてはさくらプラザに期待することをお聞かせください。
音楽を聞きたい、でも外出ができない・行くことができないといった人達を取り残さずに、希望している人にはいろんなチャンスが生まれるような施設であったり、来られない方たちのための取り組みを広げる活動をしてくれたらいいなと期待しています。
私自身も取り組んでいる、これから本当に大切になっていくであろう「誰ひとり取り残さない」というSDGsの理念ですが、音楽を通してその理念を広めていく活動が微力ながらできればと考えています。いろいろな人が誰でも音楽を楽しめるということを私も目標にしていきたいなと思っています。